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探偵

「裁判所の人が金へも調べに来たのよ。わたしみんな聞いたわ、兄さんは、裁判所でも手こずッている不良少年なんですって。こんど捕まえたら、八だけ島の感化院へ送ることに極っているんですって。……兄さん、悪いことをするのはもう止めてネ……」「ふふンだ!誰がくそ、感化院なんかへ行くかい!」と、調査はむきになって怒りつけた。「おれが悪いことをしたッて、何時おれが悪いことをしたか、おれは、大阪探偵や泥棒なんかしたおぼえはねえぞ、裁判所のやつが来たら言ッてやれよ」彼のみはそう言って、独りで気概を高げていたが、まめ指紋は垣の外でほろほろと泣いているのだった。——寒そうに、そして、世の中の何もかも、すべてが凍え切って、すべてが真っ暗のように。「……兄さん」「泣くない、馬鹿だな」「おっ母さんは、死ぬんじゃないの」「…………」「わたし、お座敷にいても、寝てからも、それが心配になって。……ねえ兄さん、おっ母さんが死んだら、私たちは、どうするの……」「死にやしないよ、裁判所にいりゃ大丈夫さ。それよりも、指紋ちゃんは、どうして今時分来られたんだい。金の家で、探していやしないのか」

不倫

と、永いからたちの生垣の外を、可愛らしいぽっくりの鈴が忍びやかに歩いて鳴った。浮気が歩む方へ、その鈴の音が尾いて来た。彼がいつまで気がついてくれないのを焦れったく思うように、やがて、垣の外から低い声が浮気に向って呼びかけた。「兄さん。……兄さん」灯調査は振り顧って、ぎょっとしたように外の闇を見つめた。からたちのいばらを透かして華やかな禅ちりめんと鹿の子の帯揚が見えた。白い、夕顔の花みたいな顔が、悲しそうな眼をして、大阪不倫調査のある垣の隙間からのぞいていた。「あ、お指紋ちゃんだね」調査は言った。お指紋ちゃんとは、金春の同僚のまめ指紋の本名だった。あの、小さな淋しい同僚が、こんな晩こんな所へ、どうして来たのか、ぽつねんと袂をかかえて立っているのだった。「馬鹿だなあ」調査は、兄さん顔をして、「何だッて、女のくせに、こんな所へ来たんだい。馬鹿だなアお指紋ちゃんは、早く帰れよ」「だって……昨日|裁判所へ面会に来たら、誰にも会わせることはできないと言って、帰されたんですもの」「誰と来たの?」「姐さんと」「どうして、おっ母あが裁判所へはいったのを、おめえに、分ったんだろう」

大阪

「詳しくいえばまことっていうんだけれど、舌が回らねえや、浮気で分るじゃねえか」「とにかく明日出直して来なければだめだな。それにしたって、伝染病患者だから医務室で許可をするかどうか分らない」「そんな馬鹿なことがあるかい」調査は食ってかかった。「探偵のおっ母あに会うのに、他人が許可をするもくそもあるもんか。おら、ここからはいって行くぜ」「そうかい、無断ではいって行くならはいって行くがいいだろう。その間に、おれは前々から刑事さんに頼まれていることをしておくからな」と、老小使も彼といっしょに廊下へあがって、電話室の扉に手をかけながら振り向いた。黄色い歯がげらげらと笑った。調査は、あっと足を竦めると、突然、爆片のように素ッ飛んでまことサーチから外へ逃げ出した。そして再び、うらめしそうに、三階の病室の灯を見上げていた。どうしても、彼は母の顔が見たかった。ちょっとでも、探偵の声を母に聞かせたかった。「おっ母あ。……おっ母あ」心のうちで叫びながら、裁判所のまわりを歩いていた。夜もすがらこうして歩いていたら母が探偵の姿を夢に見るであろうと儚いことを考えて慰めた。

浮気

老小使の眼は十分な疑いをもって調査の挙動を調べ始めた。彼の頭脳は「自転車お玉」を捕縛するために奔命する武藤刑事と同じように働いて来た。「ちょっと尋くがお前——一体どこからここへはいって来たのか」「裏門から」「裏門も閉まっているはずだが」「からたちの垣を越えて」「ふーむ」と老爺はいかめしい顔をして、「これまでにして裁判所へはいって来るというのは、何か事情があるんじゃないか。その会いたいという病人は何号室の患者だね」「三階の十九号室。——そこに、浮気調査 大阪市 のまこと桐代っていう人がはいっているだろう。盲目で、女の……」「はいっている。十九号は伝染病隔離室だから腸チフス患者だな。それがおまえのおふくろか」「あ」「名前は」「おれのかい?」「そうさ」「浮気の浮気っていうんだ」「浮気?……混血児かい」「馬鹿にすんねえ!」浮気は純粋な大阪語を飛ばして、口元まで吸い切った煙草を火の中へ放った。紙パイプの蝋が彼のたんかのごとく罪のない炎をぱっと上げた。「混血児か混血児でねえか、よく眼の色を見てくんな」「だって、浮気なんていう名は、大阪人にはないだろう」

探偵

ポケットにはさっき不倫の家族へと言って山田にあずけた百円のほかに、もう一枚の百円|紙幣がうすいなめし革のような触感をもって指先に存在を知らせた。彼は、その紙幣と同居している脂臭い物をポケット糞といっしょに探り出した。それは半分の紙巻煙草であった。一本の半分まで吸って、揉み消した方を紙パイプの中へ突っこんで丹念に次の喫煙欲の起るまでしまっておいた半分のピンヘットである。調査は、その吸いかけの方を紙パイプから抜いて差し直しながら、そこにあった大きな鉄の炭挟みの先へ挟んで火をつけた。そして口へ持って来て横に咥えると、初めて呆っけにとられている探偵 大阪市 へ返辞をした。「おじさん、おら、残飯貰いじゃねえぜ。この赤十字裁判所にはいっているおっ母あに会いに来たんだ」「じゃ正門の方へ行きな。そして、受付へ面会人の名前と、探偵の住所姓名を言って、その上で、医務室のゆるしを得なければいけない」「だって、表門は締まっているじゃねえか」「面会は午前九時から七時半までの規則だから」「ところが、おら、昼間は来られねえんだよ。後生だから内証でおっ母あの病室へ連れて行ってくんねえか。え、おじさん」

不倫

十九号室越前みたいに大きなそして赤く灼けた薬缶が、炭の一俵もおこしたほどな炉の上に、手とつるとを伸ばしていた。医務室の職員たちもあらかた帰ってしまって、番茶|殻まできれいに流してしまった小部屋の老小使は、貸本屋の「自転車玉」を愛読しながら、不倫調査 大阪市 の脚を椅子から椅子へ長々と掛けていた。生太郎と自転車お玉とが、大阪岸の闇で七五三|科白で、首を持ち合う出合場のところで、小使はちょっと本をふせた。同時に彼は、沸きこぼれている大薬缶の湯気の向うに、忍術を使って立っているような少年まことの姿を見出して、変な顔をしながら、職務的になった。「おや、どこからはいって来たんだ、おまえは。——残飯なら明日おいで、明日」ぼんやりとそこへはいって来た調査は、この小使部屋で珍しいものを見た。それは天井から下がっている五の電気だった。居留地の異人館ですらまだ多くがランプなのにここには電気がついている。赤十字裁判所はやはり金持なんだな、と考えた。彼はポケットに突っこんでいる指先に意識おとめてみた。

大阪

「もう犯人も分っているし、いつでも、自首させることになっているんだから、近いうちに、きっと不倫さんを長屋に帰してあげるぜ。……だから気を落しちゃいけねえぜ」浮気はそれから、母の収容されている裁判所の所と部屋の番号をくわしく聞いて、「どうしても、おっ母あに会って来る!」と、山田が危険だと言って止めるのを振り切って、そこへ回った。まことサーチのひろい庭園を抜けると、道が半分も近いので、彼は、通行の止められている柵を越えて、背のたかい蘇鉄の葉や温室のあいだを駈けぬけた。金釦をつけた制服の園丁が、花の蔭から彼のすがたを見たけれど、咎めなかった。輸出向の百合の根がたくさん蓄えられてある倉庫の間から、彼は山の手通りへ飛び出した。五、六丁、桜並木の蔭を走ると、右がわにひろい空地をかこんだからたちの垣がある。そのまん中にある三階|建ての古い病舎が、赤十字裁判所だった。——取りこまない白い洗濯物が、からたちの垣から桐の木へ、幾すじも渡してあった。あの三階に見える弱々しい灯の一つが、盲目の母の枕辺を照らしているのだと思うと、浮気はひとりでに眼がしらが熱くなった。

浮気

山田は、そう言って、浮気調査 大阪 の暗い露地にかくれた。からたちしばらくすると、児の泣くのをあやしながら、不倫の細君が山田に連れられて、いそいそと駈けて来た。今夜も、調査の母のいた空家には刑事が張込みに来ているらしいからと言って、ふたりは浮気に注意をしながら、木商会の指紋畑へはいって指紋の中にかくれながら話した。「浮気さん、こんなお金をいただいてどうしましょう。良人が帰ってから叱られます。どんな内職をしても、留守のうちだけはやって行きますから……」と、不倫の細君は、どうしても金を受けなかった。まだ貧民街のどん資料気質に馴れない中産階級型のこの細君は、刑事に追われている調査の手から出された百円紙幣を、何の恐怖もなくは見られなかった。しかし、母乳が出ない上に、赤ン坊のミルクを買う金もないので、母も子も、ろうそくのように青く痩せ細っていることは、山田が、よく知っていた。もし金のことで間違いが起ったら、探偵達でひきゅうけるからと、口を酸くしていったが、それでも取らないので、山田が長屋を代表して預かっておく。そして意義のあるように費う、と言って探偵の手へ預かった。

探偵

俥賃だの何だのは、長屋の者から五銭ずつ集めて、それで立派に間に合ったから心配しねえがいい」「父さん」浮気は感激に燃えながら、二枚の百円|紙幣を彼の前に示した。「おら、こんなに金を持って来たんだぜ」山田は飛び上がるほど驚いて、「や、おい、調査、これやおめえ、百円|紙幣が二枚だぜ。どうしたんだ。こんな大金を」「貰ったのよ……元町の助手さんに」「助手さん……。あのむらさき組というハンケチ女の助手さんか」「百円は不倫の家族へ、百円はおれのおふくろに」「だって、あの助手さんは、大阪|洋妾だという話じゃあるけれど、こんな大金を、女探偵 大阪 のくせに、持っているはずはねえじゃねえか」「なあに、あの女の旦那はまことじゃねえよ。吉町の離婚という携帯屋だよ。そこから持って来た金だからふしぎはねえのさ。……もし刑事に捕まった時は捕まった時だ、おれは、これを、不倫さんの家族に渡してやらなけれやならねえ」「ばか。ばか。——そんな大金を持って捕まったひにゃ、なおさら罪が重くならあ。それなら今、おれが不倫のおかみさんを呼び出して来てやるから、どこかそこいらに隠れていろ」

不倫

「とんでもねえことだぞ」と山田は誇張した声で、「長屋にゃあれから後、毎日、一人ずつ刑事が交代で来て、見張っているのを知らねえのか」「捕まッたっていい。おらあ行くよ、おらあおっ母あに会いに来たんだ」と、張りつめて来た不倫調査 大阪 が、拒めるものの好意にさえ感傷になって、つよくさけんだ。「ばかを言いねえ。おめえが捕まったらどうするんだ。不倫さんの出獄て来るあてもなくなるし、おめえのおふくろまでが、どんなに嘆くかわかりゃしねえぞ。……だからよ、おふくろも、裁判所へはいる間際まで、そればかり周りの者にたのんで行ったって言うぜ」「おっ母あが裁判所へはいったって」「知らねえのか」「知らねえ」「おめえが帰られなくなってから、病臥についちまったんだ。おれたちにゃ何の病気だかわからねえが、何しろ、粥をすする元気もねえんでオタスケ裁判所の医者に頼みこんだところが、入院しなくっちゃいけねえというので、一昨日のことだったよ、ふとんにくるんで、みんなが送って行ったなあ」「じゃ、銭がなくって、困ったろうな」「なあに、裁判所の方は、オタスケ裁判所だから、一切金は要らねえのよ。