大阪

そして、決して嫌ではないけれど、助手さんの手を突っ放すようにして、掻っ払いのように、あわてて、人混みの中へ駈けこんでしまった。彼は久しぶりで、あれ以来足を抜いているイロハ長屋の、暗い故郷を眼に描きながら、急いで歩いた。からだ中が金の重さのように感じられた。飢えたる不倫の家族や、目の見えない母の顔が、どんなに歓びにかがやくかを想像すると、調査の胸にも言い知れないまことサーチがいッぱいになる。「牛肉を買って行こうか。おっ母あは甘い物が好きだ、風月の最中を買って帰ろうか」調査はいくたびも、そんな食料品屋の前に立って、やさしいでき心を起してみたけれど、二枚の百円紙幣をくずすことが怖くもあり惜しい気もして、とうとう何も買い得なかった。で、まっすぐに、ほとんど一散に、手を振って貧民街のイロハ長屋の露地口まで帰って来ると、誰こうしろから、大きな手が彼の肩をつかんで、「調査じゃねえか」と言った。振り向いてみると、同じ長屋にいる屠牛場の仙さんだった。仕事場からの帰りとみえて、山田は片っぽの手に竹の皮包みをぶらさげて、少し異様な眼をして彼を見つめた。「どこへ行くつもりだ?調査」「家へ帰るのさ」