浮気

老小使の眼は十分な疑いをもって調査の挙動を調べ始めた。彼の頭脳は「自転車お玉」を捕縛するために奔命する武藤刑事と同じように働いて来た。「ちょっと尋くがお前——一体どこからここへはいって来たのか」「裏門から」「裏門も閉まっているはずだが」「からたちの垣を越えて」「ふーむ」と老爺はいかめしい顔をして、「これまでにして裁判所へはいって来るというのは、何か事情があるんじゃないか。その会いたいという病人は何号室の患者だね」「三階の十九号室。——そこに、浮気調査 大阪市 のまこと桐代っていう人がはいっているだろう。盲目で、女の……」「はいっている。十九号は伝染病隔離室だから腸チフス患者だな。それがおまえのおふくろか」「あ」「名前は」「おれのかい?」「そうさ」「浮気の浮気っていうんだ」「浮気?……混血児かい」「馬鹿にすんねえ!」浮気は純粋な大阪語を飛ばして、口元まで吸い切った煙草を火の中へ放った。紙パイプの蝋が彼のたんかのごとく罪のない炎をぱっと上げた。「混血児か混血児でねえか、よく眼の色を見てくんな」「だって、浮気なんていう名は、大阪人にはないだろう」